大学院・留学プログラム

大学院プログラム

大学院では、最新の医学レベルに根差した医療を行うことを目指した臨床研究や基礎研究を行います。自ら研究計画を立てて行った研究結果を発表することは、世界中の麻酔科医と接する機会が増えることになり、人生の中でこの上ないすばらしい体験をすることが出来ます。さらに他人の研究成果の質を自分の目で評価できる力がつき、飛躍的な臨床能力の向上にもつながります。

研究プロジェクトの内容

科学的輸液管理の開発プロジェクトリーダー 多田羅 恒雄

手術の時には輸液(点滴)をします。これは、手術による出血や体液喪失を補うためのものです。例えば、消化管手術では、体重50kgの人だと1時間に500mlの輸液をするのが一般的です。手術時間が短ければこの量はあまり問題になりませんが、長時間手術(例:8時間)となると4,000mlもの水分が身体内に入ることになります。正常な状態では身体に入った水の多くは尿として排泄されますが、手術の時は痛みストレスが尿排泄を抑制しますのであまり尿量は増えません。結果的にわずか8時間に体重が4kg程度増える計算になります。この増加した水分の多くが組織に蓄積する結果、組織の浮腫(むくみ)が生じます。組織の浮腫は手術後の身体の活動度を低下させ、離床や食事再開の時期が遅れてしまいます。では具体的にどれくらいの量の輸液をすればよいのでしょうか。浮腫を抑制するために輸液量を少なくしてしまうと、手術中に血圧が下がってしまいます。しかし、この10年の間に輸液に関する新しい知見が得られてきました。私たちはこれらの知見をもとに、臨床において最適な輸液を日々模索しています。今、輸液は古くて新しいテーマです。

産科麻酔プロフェッショナル育成のための医学教育の開発プロジェクトリーダー 狩谷 伸享

産科麻酔の臨床研究、緊急の出産時にお母さんと赤ちゃんを救命するためのシミュレーターを用いた訓練の施行、産科麻酔のスペシャリストを育てるための全国セミナーの展開等を通じて、新しい産科麻酔における医学教育を開発しています。

骨格筋のミトコンドリア機能障害の研究プロジェクトリーダー 植木 隆介

ミトコンドリアはエネルギー産生に欠かせない細胞小器官ですが、障害を受けるとSuperoxide(活性酸素)を放出し、細胞のアポトーシスを引き起こします。敗血症や熱傷などの重症疾患で認める骨格筋のmuscle wasting(筋消耗)を始め、ミトコンドリア機能障害の治療法の研究は、重症な病態を回復させる1つの鍵となると考え、研究を行っています。

痛みの発症と継続における基礎医学と臨床の融合プロジェクトリーダー 廣瀬 宗孝

局所麻酔薬によるTrkAの酵素活性化部位の阻害
局所麻酔薬によるTrkAの酵素活性化部位の阻害

出生後から人は社会や環境から様々な影響を受け、遺伝子にも変化を来します。エピジェネティックな変化が手術後の痛みや慢性疼痛に影響することを明らかにすることで、痛みのバイオマーカーの開発とそれに基づく治療法の開発を行っています。また局所麻酔薬による神経ブロックが慢性疼痛治療に効果を示す機序を、基礎的実験から明らかにしています。

大学院卒業生の声

奥谷 博愛

奥谷 博愛
麻酔科・疼痛制御科では大学院の一貫として、臨床研究だけではなく解剖学講座神経科学部門にて基礎研究を行うことが可能です。基礎研究と言うと難しく感じるかもしれませんが、実験の手順や考え方など初歩的なことから学ぶことができます。RT-PCR、免疫染色、in situ hybridization、Western blot法など様々な方法論を用いて研究を行っていきます。アカデミックな内容に興味をお持ちの先生は、基礎研究も一度覗いてみてはいかがでしょうか。

留学プログラム

兵庫医科大学 麻酔科学講座では海外の大学と提携して、留学プログラムを用意しています。

ハーバード大学

アメリカ合衆国のボストンにあるハーバード大学関連病院のマサチューセッツ総合病院で、Jeevendra Martyn教授の研究室で行われている骨格筋の基礎研究に参加できます。

期間
1-2年間

留学体験記

植木 隆介

植木 隆介

2013年8月から2015年7月までの2年間、MGH麻酔科のJeevendra Martyn教授の研究室に研究留学させていただきました。Martyn教授のラボは熱傷、筋肉、神経、糖代謝異常などの基礎研究がメインテーマです。
留学前は、英語力や研究生活に不安がありましたが、ラボの先生方に親切かつ熱心にご指導いただき、充実した日々を送ることができました。自分がもらった研究テーマは熱傷とミトコンドリア機能障害です。
これまで、基礎研究の経験が少なかった自分がこのような世界でも最先端の研究内容に触れ、新しいことにチャレンジできたことは、人生の貴重な糧となりました。研究の背景を調べ、仮説、計画を立て、実験の実施、結果の解析、結果を踏まえた次の計画作成と忙しい毎日でしたが、今思い出すと本当に貴重な時間だったと思います。

また、留学の醍醐味は、研究生活にとどまりません。週末や休日に家族と一緒に時間を過ごすことができたのも留学生活の大切な思い出です。野外コンサートやNew York、Washington、Niagaraなど東海岸の各地を訪れました。切り出したもみの木を車で家に運び、クリスマスツリーの飾りつけをし、Halloweenにはカボチャのランプを作り、子供たちと『trick or treat』で近所の家々を回ってお菓子をもらったのも貴重な思い出です。
そして、なによりも印象に残っているのは麻酔科医の聖地ともいうべきEther Domeです。ラボから本当に近いところにあります。この歴史的な場所で、天窓から差し込む陽の光の美しさ、荘厳さに感動したことを思い出します。
ここで、麻酔科学の先駆者たちの努力に思いを馳せ、新たなエネルギーをもらいました。

留学先によってラボの状況、環境はさまざまと思いますが、それぞれのラボの先生方が、日々研究に情熱を傾けていることがよくわかりました。この体験記が後に続く若手の先生方の参考になれば幸いです。

デンマーク留学体験記

奥谷 博愛

2019年9月から2021年8月までデンマークのAalborg University, Department of Health Science and Technology, Center for Neuroplasticity and Pain (CNAP) のLars Arendt-Nielsen教授のもとPostdocおよびGuest researcherとして2年間勤務しました。疼痛に関連した幅広い研究が基礎から臨床に至るまで幅広く行われており、トランスレーショナルリサーチのノウハウを知りたい私にとっては大変興味深い組織でした。
事前の面談で日本では困難な健常ボランティアを対象としたオピオイドを用いた研究をすることができるとの情報を得ていたので、鎮痛薬であるオピオイドが副作用として痒みを生じるメカニズムを解明するための研究プロトコルを考案しました。渡欧後、ハプニングが多発し実験立ち上げには困難を極めました。またCOVID-19パンデミックによるロックダウンで強制的な在宅勤務となる時期も経験しました。ミーティングやセミナーは全てWeb開催となりましたが、論文を読む時間やReviewを書く時間が取れたのは不幸中の幸いでした。困難の連続ではありましたが、最終的には2つのプロジェクトを完遂することができ、プロトコル作成から実験立ち上げ、学会発表、論文投稿まで繋がり、自分がやれることは十分にやったと思えるので充実感は感じています。今回の留学経験を生かして今後の研究活動に役立てて参ります。
オールボーはデンマークで4番目の都市であり、大きな公園が多数存在し、住むことに関しては安全で素敵な場所でした。消費税は25%と高納税国家でも有名ですが、医療費や教育費は無料で社会福祉サービスが充実しており、日本とは完全に異なったシステムで社会が回っていることも大変興味深いものでした。北欧のデンマークは緯度も高く、長くて寒い冬があるのですが、暖流の影響もあり耐えられないほど寒くはありません。雪が降ると幻想的な景色が広がり、クリスマスマーケットや街が色めき立つ北欧ならではの冬を楽しむことができます。また昔ながらの情緒を残す首都コペンハーゲンの街並みは素晴らしく、年末には市民がとてつもない数の花火を打ち上げる様は圧巻の一言でした。天気が悪い日多く、寒くて長い冬にはストレスを感じることもありましたが、HYGGE(ヒュッゲ)という言葉で表される“居心地の良さ”を肌で感じることができました。

この2年間は海外でCOVID-19に直面し、様々なことを考えさせられました。しかし自分にとっては家族と長い間一緒に過ごせたこともかけがえのない時間となりました。また研究ができたことはもちろんですが、日本では経験できない時間を過ごしたことで日本や様々な組織の立ち位置、利点・欠点等が見えてくるようになり、モノの見え方が変わったことが一番の収穫だと思っています。留学に興味をお持ちの先生方には、機会があれば是非とも挑戦して頂きたいと思いますし、心の底からオススメいたします。

奥谷 博愛 奥谷 博愛 奥谷 博愛 奥谷 博愛 奥谷 博愛 奥谷 博愛